小島 弘之(こじま ひろゆき)ヘッドコーチのご紹介

hiroyukikojima小島 弘之(こじま ひろゆき)

幼少の頃にオーストラリアのシドニーに移り住んだのがきっかけでテニスと出会う。

帰国後もテニスへの情熱は冷めず、国際基督教大学(ICU)を卒業後、大日本インキ化学工業株式会社に入社して間もなく、スポーツクラブルネサンス現取締役会長の斎藤氏と共にルネサンステニススクールを設立し、ヘッドコーチとしてスクール規模を拡大。1988年には鷹之台ジュニアテニスアカデミーを開校し(1991年にルネサンステニスアカデミーに名称変更)、翌年から長塚京子(当時15歳)の指導にあたり、これが転機となる。

 

当時はジュニアがシニアの海外ツアーに目を向けることは稀であったが、自らの選手としての経験や、国際大会を主催・運営するなどで得た豊富な情報や知識、そしてテニスへの情熱で長塚京子(WTAランキング最高28位)や横堀美紀(同246位)を世界へと導いた。男子では本村剛一(ATPランキング最高134位、全日本ランク最高1位)を指導したことでも知られている。

 

 1998年に長塚が引退後、株式会社ルネサンス取締役営業副本部長に就任し、一時コートから離れるが、2003年に吉田記念研修センター(TTC)よりヘッドコーチ就任の依頼があり現場復帰を果たす。TTCでは杉田祐一(現在ATPランキング38位)や鵜沢周平、小和瀬姉妹など当時のトップジュニアを指導し、大きな影響を与えた。

 

 その後、新天地を求め沖縄に移住し、沖縄・九州地域を中心にジュニアの指導を行いながら、全国で講演やセミナーを開催。地方のジュニアたちにも世界への道を示すと同時に、海外遠征も精力的に行った。その活動の中で出会った野口莉央とは、彼が全国ではまだ無名だった中学時代から海外へのチャレンジをサポートし全豪オープンジュニアの本戦に出場するまで押し上げた。そして「インターハイを獲ってプロになる!」という目標をかかげ、その言葉通り2016年のインターハイで優勝。2017年2月にプロ転向を果たす。

プロ一年目はヨーロッパのクレーを中心にトータル8ヶ月にも及ぶタフな海外遠征をやり遂げ、世界で戦える手応えを得た一年となった。プロ2年目の2018年5月にはベトナムフューチャーズで初優勝を遂げ、世界ランキングを600番台に乗せた。

 

 2018年3月より活動の拠点を千葉に移し、当テニスアカデミーのヘッドコーチとして就任。引き続き野口選手のサポートも行っていきながら、当アカデミー選手の向上に力を注ぎ、世界へのチャレンジを続けていく。